ご相談のきっかけ
神奈川県内で歯科医院を営むC様(40代・個人事業)からのご相談でした。ユニット5台、スタッフ9名。所得は1,500万円を超えたところです。
「同級生が次々と法人化していて、焦りがあります。ただ、周りに聞くと『やって良かった』という人と『面倒が増えただけ』という人に分かれるんです。うちはどちらなのか、数字で知りたい」。
セミナーで「所得1,500万円を超えたら法人化」と聞いたものの、その根拠が分からない、というのがご相談の出発点でした。
状況の整理(タイムライン)
医療法人化の判断は、税金だけで決まりません。実際に比較すべきものは3つあります。
①税負担 個人は所得が増えるほど税率が上がる累進課税で、最高で所得税45%+住民税10%。法人は一定の税率で、理事長への役員報酬を経費にできるため、所得を法人と個人に分散できます。ここだけを見れば、所得が大きいほど法人が有利になります。
②社会保険料 ここが見落とされがちです。医療法人になると社会保険(健康保険・厚生年金)への加入が原則必要になり、保険料は法人と個人で折半します。従業員の分も含めると、負担は決して小さくありません。歯科医師国保に加入している場合、一定の手続きにより国保を継続できる余地はありますが、可否は状況によります。
③運営の制約とコスト 医療法人は都道府県の認可が必要で、申請の受付時期は限られています。設立後も決算届や資産総額の登記といった事務が毎年発生します。また、現在の制度で設立する医療法人は持分がなく、剰余金の配当もできません。
C様の場合、①だけを見れば法人化は有利でした。しかし②を織り込むと、手取りベースの差は想定よりかなり小さくなることが分かりました。
当事務所の対応
現状と法人化後を、手取りベースで並べた比較表を作りました。 所得税・住民税・事業税に加えて、社会保険料と国民健康保険料まで含めた「世帯として最終的に残る金額」で比較しています。役員報酬の設定額も、複数のパターンで試算しました。
あわせて、法人化に伴う一時的なコストも見積もりました。 設立にかかる費用、個人事業の廃業と法人設立に伴う各種届出、リース契約や借入の引き継ぎ、保健所への開設手続き。これらは初年度にまとまって発生します。
そのうえで、時期についてご提案しました。 C様は、翌年に大型の設備投資を予定されていました。個人のうちに投資を行い、減価償却を所得税率の高い個人側で取り切ってから法人化したほうが、トータルの負担は小さくなります。
結果
試算の結果、C様の所得水準では、法人化による手取りの改善幅は年間で数十万円程度にとどまることが分かりました。運営の手間と設立コストを考えると、今すぐ踏み切る水準ではありません。
そこで、設備投資を終えた2年後を目標に据え、それまでに所得をもう一段引き上げること、退職金の準備や資金の流れを法人化に向けて整えておくことを決めました。
C様からは「やらない、という結論に根拠があることが分かって、かえってすっきりしました。焦って決めなくてよかった」とお話しいただいています。
担当者からのひとこと
「所得いくらから法人化」という一般的な目安は、あくまで税金だけを見た数字です。社会保険料を入れると、その目安は変わります。ご家族の構成や、奥様が医院に勤務されているかどうかでも結論は動きます。
そして、法人化は一度実行すると簡単には戻せません。だからこそ、判断は必ずご自身の数字で行ってください。
当事務所では、手取りベースの比較表を作成したうえでご説明しています。法人化する・しないのどちらであっても、根拠を持って決めていただくことが大切だと考えています。