ご相談のきっかけ
千葉県内で歯科医院を営むY様(50代・個人事業)からのご相談でした。保険診療が中心ですが、自費の補綴やホワイトニングについては、患者さんから現金で受け取ることも少なくありません。
税務調査の初日、調査官が着目したのは通帳でした。「窓口でお預かりした現金の合計と、口座に入金されている金額が、月によって合いませんね」。そして続けてこう言われたそうです。「現金の売上を、帳簿に載せていないものがあるのではありませんか」。
Y様に心当たりはありませんでした。しかし医院にあったのは、レセコンから出力した日計表だけ。現金出納帳はつけておらず、釣銭の準備金と売上金は同じ手提げ金庫に入れ、月末にまとめて預け入れていました。「やっていないことを、どう証明すればいいのでしょうか」。ここでご相談をいただきました。
状況の整理(タイムライン)
売上除外は、税務調査の指摘のなかで最も重いものです。意図的に売上を隠したと判断されれば、通常の過少申告加算税(原則10%)ではなく重加算税(35%)が課され、さらに遡及される期間も最大7年に延びます。
一方で、調査官が「合わない」と言っているのは、あくまで通帳の入金額と日計表の窓口収入の差です。この差が生まれる理由は、売上除外以外にもいくつもあります。それを一つずつ潰していけば、疑いは晴れます。
そこで、直近1年分について、レセコンの日次データ・領収証の控え・手提げ金庫の残高・預金の入金記録を、日付単位で突き合わせる作業から始めました。
当事務所の対応
1年分を突合し、差異の原因を4つに分類しました。 日ごとに「日計表の窓口収入」と「金庫に増えるはずの現金」を並べ、ずれている日を抽出します。結果、原因はきれいに4つに分かれました。
①現金から直接支払っていた小口の経費 材料の追加購入、スタッフへの差し入れ、駐車場代など。売上金の中から支払っていたため、その分だけ預入額が減っていました。これは売上の除外ではなく、むしろ経費の計上漏れです。
②釣銭準備金の増減 混雑期に釣銭を増やし、閑散期に戻していたため、月ごとの手元残高が動いていました。
③自費の分割払い 治療費を数回に分けてお預かりしていた症例で、入金日と計上日がずれていたもの。
④返金・キャンセル 予約キャンセルに伴う返金や、自費の差額調整。
このうち、売上の計上そのものが漏れていたのは、③の一部だけでした。 金額にして年間で数万円です。これについては修正申告を行いました。
「隠す意図がなかったこと」を、資料の形で示しました。 重加算税が課されるのは、仮装や隠ぺいがあった場合です。Y様の場合、現金で受け取った自費についても領収証の控えがすべて残っており、レセコンにも症例として記録されていました。記録が残っているものを「隠した」とは言えません。領収証の控えと日計表、症例データの三つが一致していることを一覧にして提示しました。
結果
売上除外の指摘はありませんでした。修正申告は自費の計上時期に関する数万円分のみで、重加算税も課されていません。あわせて、①で見つかった現金払いの経費のうち、領収書が残っていたものは必要経費として計上しています。
調査後は、現金の管理を次のように変えました。釣銭準備金は10万円で固定し、診療終了後に金庫の残高を日次で記録する。現金から経費を支払うことは原則やめ、どうしても必要なときは領収書を専用の封筒に入れる。売上金は週に一度まとめて預け入れる。手間は1日5分ほどです。
Y様からは「疑われていると分かったときは、頭が真っ白になりました。数字を並べて説明できる形になっただけで、こんなに立場が変わるものかと思いました」とお話しいただきました。
担当者からのひとこと
窓口現金のある歯科医院で、通帳と日計表がぴったり合うことはまずありません。大切なのは、合わない理由を説明できる記録が残っているかです。日次の現金残高を書き留めておくだけで、後から理由をたどることができます。
また、現金から経費を払う習慣は、売上除外を疑われる原因になるだけでなく、経費の計上漏れという形で先生ご自身が損をしています。二重の意味で、やめておいたほうがよい運用です。
「疑われている気がする」という段階でのご相談も歓迎しています。調査が終わってからでは、説明できる材料が限られてしまいます。