ご相談のきっかけ
神奈川県内で歯科医院を営むD様(30代・個人事業)からのご相談でした。開業5年目。予約が2か月先まで埋まり、ユニット3台では回しきれなくなっていました。
ユニット2台の増設と内装改修で、投資総額はおよそ2,500万円。銀行からは融資可能との回答を得ていましたが、踏み切れずにいました。
「今も返済があるのに、さらに借りて大丈夫なのか。診療を増やしても、結局返済で消えるのではないか。誰に相談すればいいのかも分かりませんでした」。
状況の整理(タイムライン)
設備投資の判断でよく使われるのは「増収でまかなえるか」という見方です。しかしこれだけでは足りません。歯科医院の投資で資金繰りが苦しくなる原因は、多くの場合ここにあります。
減価償却の期間と、借入の返済期間がずれている。 ユニットなどの医療機器は、法定耐用年数がおおむね5〜7年です。一方、銀行が提示する返済期間も5〜7年であることが多い。一見そろっているようですが、返済額は「税引後の利益」から払うものです。減価償却費で経費になる金額と、実際に返済する元本の金額が同じなら、税金の分だけ現金が足りなくなります。
内装工事はさらにずれます。建物附属設備の耐用年数は15年程度になることもあり、返済期間7年に対して経費化は15年かけて進みます。この差が、そのまま資金の穴になります。
D様の当初案(返済期間7年)で試算したところ、投資2年目から3年目にかけて、手元資金が危険な水準まで下がることが分かりました。
当事務所の対応
投資後5年分の資金繰り予測を作成しました。 増収の見込みは、楽観的な数字を使いません。ユニット1台あたりの1日の受け入れ人数と稼働率、自費症例の増加見込みを、現在の実績から積み上げました。あわせて、増設に伴う歯科衛生士の増員と人件費、材料費の増加も織り込んでいます。
保守的なケースも並べました。 増収が計画の7割にとどまった場合、スタッフの採用が遅れた場合。この2つのケースでも資金が回るかどうかを確認しました。
そのうえで、借入条件の調整を提案しました。 返済期間を7年から10年に延長し、月々の返済額を圧縮します。支払う利息の総額は増えますが、資金が回らなくなるリスクのほうがはるかに重大です。あわせて、自己資金の投入額を抑え、手元の現金を残す形にしました。
税制の適用も確認しました。 一定の要件を満たす設備については、中小企業経営強化税制などによる即時償却や税額控除が使える場合があります。ただし、即時償却を使うと翌年以降の減価償却費がなくなるため、その先の税負担が重くなります。「今年の税金」だけで判断しないよう、複数年で比較したうえで適用を決めました。
この資料をそのまま金融機関にも提出しました。 根拠のある計画は、条件交渉でも有利に働きます。
結果
返済期間10年で融資を受け、増設を実行しました。投資から1年、予約の待ち時間は大幅に短縮され、自費症例も増えています。
資金繰り予測と実績のずれは毎月確認していますが、保守的なケースを下回ってはいません。D様からは「数字で見てから決めたので、走り出してからの不安がありませんでした」とお話しいただいています。
担当者からのひとこと
設備投資の失敗は、投資判断そのものより「返済期間の設定」で起きます。減価償却より返済のほうが速いと、帳簿上は利益が出ているのに現金が減り続けます。
そして、この歪みは投資した年ではなく、2年目から3年目に表面化します。その頃には借り換えの交渉も難しくなっています。
ユニットの増設、CTの導入、内装のリニューアル。金額の大きい投資を検討されている先生は、契約の前に一度、資金繰りの予測をご相談ください。判断が変わることもあります。