椿 祐輔
監査法人・会計事務所での実務を経て、2012年に椿公認会計士事務所を開設。富裕層を対象としたプライベートバンク業務にて、「個人」と「法人」の資金設計や資産管理を行ってきた経験を活かし、歯科医院の“お金が残らない”という悩みに応えるキャッシュアップ支援を行っている。
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[キャッシュアップ顧問]
歯科医院の医療法人化|判断ラインは所得いくらから?メリット・デメリットと手続きを公認会計士が解説
「売上は伸びているのに、税金で持っていかれて手元にお金が残らない」「そろそろ医療法人にしたほうがいいと聞くけれど、本当に得なのか」——医院の経営が軌道に乗ってきた院長先生から、必ずと言っていいほどいただくご相談です。
結論から申し上げると、歯科医院の医療法人化を検討すべき目安は、課税所得(医院の利益)が年1,500万〜1,800万円を安定して超えてきたあたりです。ただし、これはあくまで「検討を始める入口」の数字であって、法人化が得かどうかは、先生の状況によって変わります。
医療法人化は、一度実行すると簡単には後戻りできない、経営上とても大きな意思決定です。この記事では、判断ラインの根拠、メリットとデメリット、そして「法人化してはいけない医院」の特徴まで、顧問先の約半数を歯科医院が占める公認会計士の立場から、判断材料を整理します。
この記事でわかること
医療法人化を検討すべきポイントは、当事務所のYouTubeチャンネル「ドクターのための会計税務ch」でも解説しています。まず要点を押さえたい先生は、こちらの動画からご覧ください。
医療法人化とは、これまで院長個人の事業として営んでいた歯科医院を、「医療法人」という法人組織にすることです。法人化すると、医院の売上は法人のものになり、院長は法人から役員報酬(給与)を受け取る立場になります。
| 個人開業 | 医療法人 | |
|---|---|---|
| 医院の利益 | すべて院長の所得 | 法人の所得。院長へは役員報酬 |
| かかる税金 | 所得税・住民税(累進) | 法人税等(ほぼ一定)+院長の所得税 |
| 社会保険 | 国保・国民年金が中心 | 健康保険・厚生年金に強制加入 |
| 利益の使い道 | 自由 | 配当は禁止。持ち出しに制限 |
| 分院・承継 | しにくい | しやすい |
この「税金のかかり方が変わる」ことこそが、医療法人化が節税になる理由です。次章で、その分かれ目を具体的な数字で見ていきます。
※2007年4月以降に設立される医療法人は、すべて「持分なし医療法人」です。かつて問題になった出資持分(→後述)は、これから新規に設立する法人には生じません。
医療法人化が有利になるかどうかの分かれ目は、「個人の所得税率」と「法人税の実効税率」のどちらが高いかで決まります。
個人の所得税は、所得が多いほど税率が上がる累進課税です。住民税10%と合わせると、負担率は次のように上がっていきます。
| 課税所得 | 所得税+住民税の負担率(目安) |
|---|---|
| 695万円超〜900万円以下 | 約33% |
| 900万円超〜1,800万円以下 | 約43% |
| 1,800万円超〜4,000万円以下 | 約50% |
| 4,000万円超 | 約55% |
一方、法人税の実効税率は、所得水準にかかわらず概ね23%〜34%程度の範囲で頭打ちになります。所得が増えても、個人のように50%を超えて上がっていくことはありません。
そのため、個人の負担率が法人の実効税率を明確に上回るゾーンに入ると、法人化して所得を法人・院長・家族役員に分けたほうが、世帯全体の手取りが増えます。その分かれ目が、おおむね課税所得1,500万〜1,800万円なのです。
単純な税率だけなら、もっと低い所得でも法人が有利に見えます。しかし実際には、法人化に伴う社会保険料の負担増、設立・運営コスト、会計・申告の手間などが上乗せされます。これらのコストを吸収してもなお法人化のメリットが上回るのが、経験的に所得1,500万〜1,800万円あたりという水準です。
ただし、この数字はあくまで目安です。ご家族が医院を手伝っているか、退職金をどう準備するか、分院や承継の予定があるかによって、有利になるラインは前後します。最終的にはシミュレーションで、法人化前後の手取りが実際にいくら変わるかを確認して判断すべきです。
院長一人に集中していた所得を、役員報酬という形で院長・配偶者・ご家族の役員に分散できます。累進課税のもとでは、一人に集めるより分けたほうが、世帯全体の税率は下がります。
法人から受け取る役員報酬は給与所得となり、給与所得控除(給与所得者に認められる概算経費)を差し引けます。個人開業では使えなかった控除が、法人化で新たに使えるようになります。
医療法人からは、院長や役員に退職金を支給できます。退職金は税制上とても優遇されているため、在職中の役員報酬と組み合わせることで、長期的な手取りを大きく改善できます。
個人開業では、院長一人が複数の医院を開設することは原則できません。医療法人であれば、複数の診療所を運営でき、分院展開の受け皿になります。
医院を「法人」という器に入れておくことで、後継者への承継がスムーズになります。個人開業のように、承継のたびに開設し直す必要がありません。
節税手法そのものについては、個人・法人を問わず使える基本の打ち手を別記事「歯科医院の節税対策7選」で解説しています。あわせてご覧ください(※内部リンク)。
メリットばかりが語られがちですが、医療法人化には無視できないデメリット・制約があります。ここを理解せずに法人化すると、「こんなはずではなかった」となりかねません。
医療法人になると、健康保険・厚生年金への加入が強制されます。院長・スタッフの社会保険料(事業主負担分)が新たな固定費として発生し、これが想像以上に重いことがあります。
医療法人は利益を配当できません。医院に貯まったお金は法人のもので、院長が自由に引き出すことはできず、役員報酬か退職金という形でしか受け取れません。「医院の口座=自分の財布」という個人時代の感覚は通用しなくなります。
設立には都道府県の認可が必要で、手続きにも時間がかかります。設立後も、決算の届出、資産総額の登記、社員総会の運営など、個人時代にはなかった事務負担が生じます。
医療法人を解散して個人に戻すのは、非常に手間もコストもかかります。医療法人化は「やってみて合わなければ戻す」ができない、片道の意思決定だと考えてください。
かつて設立された持分あり医療法人では、利益の内部留保に連動して出資持分の評価が膨らみ、承継時に多額の贈与税・相続税がかかる問題があります。ただし、現在これから設立する医療法人はすべて「持分なし」のため、新規設立ではこの問題は生じません。既に持分あり医療法人を運営されている先生は、別記事「歯科医院の贈与・相続時精算課税」で対策を解説しています(※内部リンク)。
逆説的ですが、当事務所では「法人化しないほうがよい」とお伝えすることもあります。次のような医院です。
医療法人化は「早ければ良い」ものではありません。タイミングを誤ると、メリットよりデメリットが大きくなります。
医療法人の設立には、都道府県知事の認可が必要です。そして、この認可申請の受付は、多くの自治体で年に2回程度しかありません。ここが最大の落とし穴です。
受付時期を逃すと、次の受付まで半年〜1年待つことになります。「法人化しよう」と決めてから慌てて動くと、タイミングが合わず、丸一年先送りになりかねません。
認可申請から実際に法人として診療を始められるまで、半年前後かかるのが一般的です。逆算して、遅くとも希望時期の半年〜1年前には準備を始めておく必要があります。
※認可申請の受付時期・回数・必要書類は都道府県によって異なります。必ず管轄自治体の最新情報をご確認ください。
イメージをつかんでいただくため、簡略化したモデルで比較します(あくまで概念を示す試算です)。
前提:医院の利益(課税所得ベース)2,500万円のケース
| 個人開業のまま | 医療法人化 | |
|---|---|---|
| 医院の利益 | 2,500万円 | 2,500万円 |
| 所得の受け方 | 全額を院長の所得 | 院長・配偶者へ役員報酬で分散+法人に残す |
| 適用される税率帯 | 高い累進税率(〜約50%) | 法人税+分散後の低い所得税率 |
| ねらい | — | 世帯全体の税率を下げ、退職金の原資も作る |
実際の効果は、役員報酬をいくらに設定するか、家族が役員として関与できるか、社会保険料の増加がどの程度かによって変わります。「いくら得か」は、必ず先生の実際の数字でシミュレーションしてから判断してください。 概算の試算だけで法人化を決めるのは危険です。
医療法人化は、節税・資金繰り・分院・承継・相続まで、医院の将来すべてに関わる意思決定です。それだけに、「税率が下がるから」という一点だけで判断すべきではありません。
椿公認会計士事務所は、顧問先の約半数を歯科医院が占める会計事務所です。法人化の有利判定シミュレーション、設立手続き、法人化後の役員報酬設計や退職金プラン、さらには将来の承継・相続まで、一貫してご支援しています。
「うちの医院は、今が法人化のタイミングなのか」——初回のご相談・シミュレーションは無料です。先生の実際の数字をもとに、有利かどうかをはっきりお示しします。まずはお気軽にお問い合わせください。
Q1. 歯科医院の医療法人化は、所得いくらから検討すべきですか?
A. 課税所得(医院の利益)が年1,500万〜1,800万円を安定して超えてきたあたりが、検討を始める目安です。ただし家族の関与や退職金・承継の計画によって有利になるラインは前後するため、シミュレーションでの確認が必要です。
Q2. 医療法人化すると、具体的にどんな節税になりますか?
A. 所得を院長・家族役員に分散でき、院長自身も給与所得控除を使えます。さらに法人からの退職金という優遇された受け取り方も選べます。個人の高い累進税率を、法人税+分散後の低い所得税率に置き換えるイメージです。
Q3. 医療法人化のデメリットは何ですか?
A. 社会保険への強制加入による負担増、利益を配当できず自由に持ち出せない制約、設立・運営のコストと手間、そして一度法人化すると簡単に個人へ戻せないことです。メリットと合わせて総合的に判断する必要があります。
Q4. 利益は出ていますが、法人化しないほうがよい場合もありますか?
A. あります。利益が年によって大きく上下する、医院のお金を生活費として自由に使いたい、近く医院をたたむ・承継する予定がある、といった場合は、法人化のデメリットが上回ることがあります。
Q5. 医療法人化の手続きには、どのくらい時間がかかりますか?
A. 認可申請の受付は多くの自治体で年2回程度で、認可から診療開始まで半年前後かかるのが一般的です。受付時期を逃すと次まで待つことになるため、希望時期の半年〜1年前から準備するのが安全です。
Q6. 今から作る医療法人にも「出資持分」の問題はありますか?
A. ありません。2007年4月以降に設立する医療法人はすべて持分なしのため、出資持分が膨らんで承継時に課税される問題は生じません。この問題は、それ以前に設立された持分あり医療法人に限られます。
Q7. 医療法人にすると、院長の給料はどう決めるのですか?
A. 役員報酬として設定します。金額は期の途中で自由に変えられず、原則として事業年度の開始から一定期間内に決める必要があります。高すぎても低すぎても不利になるため、シミュレーションに基づく設計が重要です。
Q8. 家族を役員にすれば節税になりますか?
A. 実際に業務に関与している家族を役員にすることで、所得を分散でき節税につながります。ただし、勤務・関与の実態が伴わない役員報酬は否認される可能性があるため、実態の裏づけが必要です。
Q9. 法人化すると社会保険料はどのくらい増えますか?
A. 健康保険・厚生年金への加入が義務となり、院長・スタッフ分の事業主負担が新たに発生します。人数や報酬額によって金額は変わりますが、固定費として無視できない水準になることが多いため、有利判定に必ず織り込む必要があります。
Q10. 顧問税理士がいますが、法人化の相談は別途したほうがいいですか?
A. 医療法人化は医業特有の論点が多く、シミュレーションの精度が判断を左右します。医業・歯科の法人化実績がある事務所にセカンドオピニオンを求める価値は十分にあります。
※本記事は2026年7月時点の制度・税制に基づく一般的な解説です。税率・要件・認可スケジュールは改正や自治体により異なります。実際の判断にあたっては、必ず最新情報と個別のシミュレーションをご確認ください。具体的な有利判定は税務相談の対象となります。
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